政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」を打ち出しています。直接には壁を意識した調整を克服し就労を拡大させようとするものですが、その影響はパートタイマー労働者の働き方に変動をもたらすものです。実際に働き方は変わるのでしょうか。
新たな年収の壁
支援パッケージでは「短時間雇用者の106万円」と「第3号被保険者の130万」を対象としています。これはいずれも有配偶者女性の年収の制約という面が大きいのですが、特に106万円は2016年から始まったパートタイマー(週20時間以上、月収8.8万円以上)への被用者保険への加入義務化がもたらした新たな壁です。130万円の壁は年金、健保、介護保険などの社会保険料負担を回避するため、有配偶者女性の働き方を大きく制限してきたといわれてきました。具体的には収入が壁を越えないようにその手前で就労調整が行われてきました。106万の新たな壁も同様の制限を課するものとなると懸念されています。
106万は壁となったか
ではパートタイマーへの被用者保険の拡大は実際に新たな壁として立ちはだかっているのでしょうか。下図(お茶の水女子大学永瀬伸子教授による)を見てください。「第1号被保険者」とは厚生年金被保険者のうち民間事業所に使用されるものを言います。縦軸は人数、横軸は月収を表しています。グラフは被用者保険の拡大が始まった2016年から2020年までの短時間被保険者の推移を表すものです。高い方の折れ線グラフ⑥から➉が女性、➉は拡大が始まった2016年、⑥は直近の2020年を表します。そうすると➉の拡大が始まった年の細かい破線から⑥の実践まで人数は高くなり(増加)月収のピークは右に移動(これも増加)しています。人数の増加は2016年が被保険者数501人以上の事業所をパートタイマー加入の対象としていたものが2022年の101人以上への拡大を経て2024年には51人以上の事業所へと拡大していっている結果です。月収の増加は壁を越えたパートタイマーの賃金が増加していることを示しています。グラフの対象期間を考えると賃金単価のアップはさほどではなかったと思われます。要因としては個々の労働者の働く時間数の増加があったと推定できます。つまり壁を越えることでパートタイマーの働き方の変化がおこり始めたといえるのです。
年収の壁は変動しつつある
新たな106万円の壁も、その他従来の壁も有配偶女性の収入制限の問題とされてきました。しかし実際には進んで低賃金を選択する「主婦のパートタイマー」の存在は、他のそれ以外のパートタイマー賃金を低く留める錘として作用してきた側面があります。最近よく言われる単身女性労働者の低賃金の一因ともなっていると考えられています。一方事業主にとっては社会保険料事業主負担無しで低賃金パートを雇用できる「パートに安く働いてもらう」都合の良い制度でした。しかし既に働く女性の意識や生活全般の変化は従来の制度の枠を越えていく方向を示しています。国民年金3号被保険者制度の見直しが目前に迫っているといわれていますが「男は外で働き、女は家庭を守る」というかつての姿が大きく変わり、制度が息を切らして追いかけている現状の一断面ではないでしょうか。
「年収の壁・支援強化パッケージ」で壁を越えよう
106万円の壁を前にしたパートタイマーの統計の推移は、実際に壁を越える選択をする人の増加と、収入の増加を示しています。これから壁を越えようとしている人も、すでに壁を越えた人も互いに満足いく結果を生み出すのが労働組合の役割です。「年収の壁・支援強化パッケージ」を活用しパートタイマー、非正規労働者の賃金引き上げを勝ち取りましょう。